ご挨拶
学会紹介
法制史学会は、日本・東洋・西洋の各地域の、古代から現代までの各時代の法の歴史を研究する人々が集い、啓発しあうための学会として、1949年11月23日に発足し、以来、歴史を刻んでまいりました。
活動の中心は、他の学会と同様に、会員が一同に会して研究報告・討論を行なう学会の開催と学会誌の発刊です。現在では、学会は春(年によって異なりますが、4月から6月のいずれかの週末)に開催されています。学会誌『法制史研究』は、1951年度の第1号以来、毎年1冊出版されています。先輩・同僚の充実した論文はもちろんでありますが、特定分野につき、近年の研究動向を詳しく紹介する「学界動向」、重要な著作及び論文について本格的な批評を行なう、毎号数十本にも及ぶ「書評」、前年に発表された法制史に関する文献を、網羅的に分野別・時代別に分類して掲載する「文献目録」なども、本誌の特徴をなしてきました。
以上の基幹的な二大活動のほか、研究会関係では、各地域の部会の活動があげられます。東京部会と近畿部会は1950年、中部部会は1990年に発足しましたが、それぞれ、年に3回から6回の研究会を組織してきました。学会誌とは別に出版事業が行われることもあります。
以上に加えて、2002年10月に本HPが開設され、以後、その運用が重要な活動の一つとなりました。本学会に関する上記の事柄の詳細は全てこのHPを検索することを通じて知ることができますし、特に『法制史研究』の「総目次」、「法制史文献目録」、「全データ検索」は、学会員のみならず、法制史学関連の文献情報を求める全ての人々に裨益するところ、大であろうと思います。
本ホームページを訪れられたことを切っ掛けとして、訪問者が法制史学および法制史学会に対して関心をお寄せいただければ、これに過ぎる喜びはありません。
代表理事ご挨拶
法制史学に求められているもの
前世紀の末頃から世界が大きな変革期に突入し、わが国も、社会、政治、経済等あらゆる面での根底的な変動に翻弄されているという認識は、多くの方々が共有するものでしょう。法の領域でも、かつてのわが国では考えられなかったような多種多様な立法措置が続いているのはもとよりのこと、さらに国民と法との間の関係そのものを大きく変えようとする司法改革の進展など、歴史的な転換期に生きていることを毎日実感させられていると言っても過言ではありません。このような時代に、法制史学に対して何が求められているのでしょうか。
思い返せば、わが国における近代的法制史学の土台は、明治国家による法体制全体の根本的な変革ととも築かれたものでした。継受された当時のヨーロッパの法学において法制史学が重要な地位を占めていたという事情も背景にあったとは思いますが、われわれの先輩たちは、西洋の実定法の単に技術的な、あるいは表面的な導入にとどまらず、その歴史を深く討究し、またわが国の固有法とその淵源の一つとなった中国法とについても、維新以前の学問的伝統の土台の上に西洋近代法制史学の方法や概念を貪欲に摂取しつつ、新しい歴史像を描く努力を積み重ねてきました。もとより現在の研究水準から見れば不十分な点は少なくないとしても、日本の法制史研究が、継受した西洋法とその諸原理を正確に理解するとともに、日本法を歴史的に定位しつつそれが将来発展すべき方向を考究することに大きく寄与してきたことは明らかでしょう。恐らく世界の学界を見廻しても、これほど広範な地域及び時代の法制史について、これほど本格的な研究が行なわれてきた国は、他に例がないと思います。
それだけに、新たな変革の時代である現代、法制史学に課された課題にはまことに大きなものがあると思います。一般に変化が大きなものであればあるほど、その意味を把握することは難しい。私たちと関係の深い「司法改革」を例にとっても、現在進行している事態の意味を理解するためには、日本及び欧米の法と法文化の―それゆえ法の歴史の―正確な理解が最初の前提となることは言うまでもありません。日本と欧米における裁判と行政のそれぞれの構造と特徴、あるいは法曹の社会的ありかたと機能、さらにこれらの要素の現代世界における多様な変動過程。これら諸問題の学問的な方法にもとづく理解によってはじめて、型にはまった表面的な言説の水準を超えて、わが国で進められている改革の評価と将来のあるべき方向とに関する議論のための確固とした土台が得られるものと思います。
法制史学会は、このような挑戦に応えるために、きわめて有利な位置にあります。われわれの先輩たちの長い間の研究の蓄積を振り返ることで、これまで明らかにされたこと、そしてこれから研究しなければならない論点が見えてくるでしょう。さらに私たちの学会が、研究の対象地域ごとに分化した部会を作らずに、日本、西洋、東洋を問わず、あらゆる研究領域の報告を聞き、議論に参加すべきだとする伝統を維持してきたことは、グローバリゼーションが人文社会科学に対して多くの新たな問題を投げかけている現在、大きな強みとなっていると言えましょう。率直に言って私もかつて、研究の細分化がとめどもなく進む時代にすべての領域の報告を聞くことにいかほどの意義があるのか、疑問に思ったこともありました。確かに、例えば中国古代法制史についての報告を理解することは、私にとっては容易なことではありません。しかし自分の専門から遠い領域の研究者たちが、どのように問題を設定し、いかなる学問的言語をもっていかにそれにアプローチしているのかに不断に触れることで、少なくとも、いわゆる「グローバルな視野」に立脚した研究の実現がいかに困難なことかを自覚することはできます。そしてそのような自覚こそが、実りある研究の出発点であることは言うまでもありません。
それゆえ、大きな変革にさらされている世界と日本との法を新たに位置づけ、さらに発展させるための議論の土台の確立に寄与すること、私には、これこそが法制史学に求められているものではないかと思います。われわれは、法制史学会がそのような研究の交流の場としての創造的な役割を演じうるよう、研鑽を積んでいきたいと思います。
法制史学会代表理事
西川 洋一