法制史研究 69号(2019年)
和文要旨


【論説】

日唐律令力役編成制度の特質

神戸 航介

 本稿は、日本古代の律令制のもとで行なわれた労働力徴発制度である雇役制について、北宋天聖令から復原される唐令との比較を通じて、法的特徴とその歴史的意義を明らかにする。
 唐賦役令における、歳役を主とする労働力編成規定は、国家的予算編成と、国家による丁匠の待遇・管理という二つの特徴を持つ。基本的税目である課役の一つを構成する歳役は、庸など物的財源と同様に度支による全国の一元的財政編成に組み込まれていた。地方官の裁量のもとに置かれた差科に対して、国家主導の労働力編成制度という性格が強い。
 このような唐賦役令の労働力編成規定を、日本は庸を対価として人民を使役する雇役制の条文として読み替えつつ全面的に継受した。律令制導入以前の日本では、地方豪族層である国造に部内の民を徴発させて労働力の提供を課すエダチが存在したが、これを唐賦役令の中央集権的労働力編成制度の中に消化すること、具体的には唐で労働力の計算単位だった「功」に雇直の単位としての意味を付与するなどにより、国家を人民徴発の主体として明確に位置づけられるよう、法制を整備することに成功したのである。
 その一方で、唐賦役令を継受した日本の賦役令条文の中にも、日本の古い要素が温存されていると見られる部分もある。唐では中央以外の外州も含めた労働力編成がなされたが、日本では国ごとに一方的に宮都の造営等に奉仕する仕組みとされ、赴任時の路粮や在路窮乏者の救済は郡司や在地の共同体に依存していた。さらに造営現場においても、使役される民衆を直接率いていたのは郡司であった。
 これらのあり方は、民衆徴発の直接の主体が国造であったエダチの構造を引き継いだものであった。このように、雇役制の創出と唐賦役令の体系的継受は、国家主導の労働力編成制度の構築を志向していた一方、内面には古い構造を温存した部分もあったのである。

●キーワード:天聖令、賦役令、唐令復原、雇役制、歳役制


大正期の法人処罰―刑事訴訟法改正を中心として

小澤 隆司

 日本の法人処罰法制の特色は、法人処罰に消極的な学説に配慮して刑法典に明文規定を欠く一方、刑事訴訟法典には大正刑事訴訟法制定以来明文規定が置かれている点である。本稿では、大正期における刑事訴訟法の改正作業において、これら法人処罰規定がいかなる経緯を経て整備されていったのか、その制定過程を振り返る。
 大正刑事訴訟法の法人処罰規定は第一に、法人の当事者能力を認める規定群(第三六条、第三八条、第六一九条)と、第二に、法人の消滅へ対処するための規定群(第三一五条、第三六五条、第五五五条)とに大別することができる。このうち法人処罰規定のうち最も早く条文案が示されたのは前者の規定群で、大正二年案において初めて条文化された。租税犯罪をはじめとする行政刑法において法人処罰規定が多く置かれるようになったことへ対処するためである。
 法人処罰規定の制定過程を振り返ったとき、大正刑事訴訟法は、法人処罰に否定的な学説に配慮しながらも、現存する行政刑法上の法人処罰規定を執行する刑事裁判実務の必要を満たそうとしたことが分かる。これは近代日本における初めての法人処罰の通則的規定となった。法人の当事者能力を認める規定を核としたこの新たな刑事手続法の姿は、刑事実体法の姿が変化を続けているのに対して、大きな変化もなく今日に至っている。

●キーワード:法人処罰、企業の刑事責任、大正刑事訴訟法、被告人たる法人の当事者能力


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